書くこと|我流毛筆の会とは

うまい字、へたな字

墨いろの濃淡が生む幽玄の美、毛筆の文字がつくる造形の妙。日本人であれば、ほとんどの人が、墨でかかれた書画を美しいと感じ、心に余韻を残すことでしょう。
しかし、毛筆が日常の筆記用具でなくなってしまったいま、いざ筆で字をかくとなると、多くの人は「小学生のとき、書道が苦手で、いまだに字がへたなのです」と謙遜します。では、「うまい字」「へたな字」とはどういうことなのでしょうか。
世阿弥が、父・観阿弥の教えを綴った『風姿花伝』第三に、「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」というくだりがあります。故・中川一政画伯は、このくだりを書に残し、著書『随筆八十八』「折にふれて」で「(前略)上手下手を気にするな。上手でも死んでいる画がある。下手でも生きている画がある。」と言っています。
画家・中川一政は心を打つ数々の書を遺していますが、明治、大正、昭和に名を連ねる文学者や芸術家の多くは、書に執心し、書を嗜みました。
夏目漱石は、書のレパートリーが並はずれて広く、大正十一年七回忌の折には、『漱石遺墨集』5冊(当時非売品)が刊行されています。谷崎潤一郎は文学者のなかでも、稀にみる愛書家で多様な書をかき、書を楽しんだといわれます。谷崎は、文筆も筆を使うことを奨励し、和紙の手刷りの原稿用箋に毛筆で原稿をかいていました。また、詩人にして書道評論家の疋田寛吉は、近代の文学者や芸術家の書について説いた著書のなかで「………川端康成くらい、書を見ることも書くことも好きな現代作家はなかったし、また大胆な書における実験をした作家は他に例がない、………」と述べています。
ところで、芸術家たちは、書をかくということをどう考えていたのでしょうか。
美食家であり、書、篆刻、画、陶芸に、その才能を自在に表現した北大路魯山人。
書で文字の未知の世界を切りひらいた井上有一。破天荒な生涯を送った二人の芸術家の述懐を抜粋してみましょう。

北大路魯山人

「………何十回、何百回同じ字を書いても少しも違はない字が書けると云ふことは造り癖が出来てゐる証拠で本当に良いのではない。だと云ふて故らに違えやうとする計画でなく、自由な気持と練習の結果自ら百字が百字違って来るやうにならなければならぬと思うのであります。そこで形に引掛かり斯うでなければならぬと云ふことになると、其心持は既に他所行きの作為ある心持となって、人に見せる為の字になつて居る。自分で嗜みに字を書くに非ずして人に見せると云ふ見栄を切る不純な了簡がある為に形に引掛つて来る。………自分だけが嗜みで、又楽しみで、書と云ふものが何となく好きな為に、上手な良い字を書いてみたいと云ふ風に字を習うものならば必ずしも形や体裁に引掛かる必要がない。それは自分だけが得心して行けば宜いので、さう云ふ考え方が本格的の意味に於て立派な字が生まれて居るやうに思うのであります。結局自分の字と云ふものが生まれて来ないと面白くない。………」
北大路魯卿『習字要訣』「金になる書と楽しむ書」より

井上有一

「書とは文字を書くという場で、なにものにも束縛されない本当の自己の生命を、動きとして表現した時に、そこに定着された形をいうものです。このことは口でいえば簡単ですが、実は容易ならざることです。そして実は『なにものにも束縛されない本当の自己の生命を――動きとして表現する』という二段階的なことではなくて、動くことそのことの中になにものにも束縛されない自己を実現するということでありましょう。………」
井上有一『日々の絶筆』「構成するということ」より(芸術新聞社1989年)

最後に、中川一政の印象的なことばを紹介します。
「上手でも下手でも字を生かす道は一つである。
 筆端に気力を集中するというただ一つのことである。」
中川一政『随筆八十八』「書を書くこと」より(講談社1980年)

つまり、書に、「うまい」「へた」はないのではないでしょうか。心のままに、無心に、自由に、かいてよいのだということを教えられたように思います。

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我流毛筆の会

故・疋田寛吉(前出)は、文学者や芸術家のような書段に所属しない在野の書人たちの書を考察し讃えた名著を遺しています。そして、生前疋田は執筆の傍ら、持論にもとづいた「我流毛筆の会」を主催し、その考え方に感銘した人たちが疋田のもとに集まり、自由に書をかいていました。
1997年疋田が逝去した後、「我流毛筆の会」は、一旦解散しましたが、その後集散を経て、2004年に世田谷ものづくり学校の教室で、会が再開されることになりました。
現在、「我流毛筆の会」の代表であり、映像作家でもある高橋修一郎さんは、1986年にこの会が発足した当時から疋田の書斎に通い、著書を座右の教えとして書をかき続けてこられました。高橋さんは、「手本を持たず、師を持たず、模すことを排し、ただひたすら自分の『書』をかく。上手でなくて良い。自分なりのいい『書』をかきたい。そんな思いで、いままた新しい仲間が集まりました」と、敬愛する疋田寛吉への想いを偲ばせながら語っていました。

疋田寛吉(ひきたかんきち)――詩人・書道評論家 1923~1997
東京に生まれる。「荒地」同人。1945年終戦直後、久米正雄や川端康成らの鎌倉在住の文学者たちがおこした文芸出版社鎌倉文庫に入社。その後、世界文化社を退職。詩作、書道評論を執筆する。著書に『我流毛筆のすすめ』 『書人外書伝』 『川端康成〈魔界〉の書』 『書美求心』 『近代文人にみる書の素顔』、『抒情詩のノート』鮎川信夫共著 詩画集『漏刻』 詩集『未明』などがある。

「我流毛筆の会」代表の髙橋さんのサイトはコチラLinkIcon

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